私たちは地図を見るとき、当たり前のように「北が上」だと思っています。 学校で使う地図帳も、スマホの地図アプリも、多くの場合は北が上に描かれています。
しかし、地球は宇宙に浮かぶ球体です。 本来、地球そのものに「上」や「下」があるわけではありません。 さらに歴史をたどると、昔の地図には南が上、あるいは東が上に描かれたものもありました。
では、なぜ現在の地図では北が上になったのでしょうか。 この記事では、コンパス・航海・宗教・文化の視点から、地図の方角に隠された歴史をわかりやすく解説します。
そもそも地球に「上」と「下」はない
まず大前提として、地球には絶対的な「上」や「下」はありません。 私たちが普段使っている地図では北が上に描かれていますが、それは自然界で決まっているルールではなく、 人間が見やすさや使いやすさのために決めた表現です。
宇宙から見れば、地球は丸い星です。 北極側を上にして見ることもできますし、南極側を上にして見ることもできます。 つまり、地図の上下は地球そのものの性質ではなく、見る人がどの向きで描くかによって決まります。
ポイント:
「北が上」は絶対的な決まりではありません。
地図の向きは、時代・文化・目的によって変わってきました。
昔の地図では北以外が上だった
現代では北が上の地図が一般的ですが、昔からずっとそうだったわけではありません。 歴史を振り返ると、地域や文化によって「どの方角を上にするか」は大きく異なっていました。
イスラム世界では南が上の地図もあった
中世のイスラム世界では、南を上にした地図が作られることがありました。 その背景には、当時の学問や地理認識、そして世界をどの方向から見るかという文化的な考え方が関係していたとされています。
たとえば、イスラム世界の地理学者たちは、交易や巡礼、天文学の発展とともに高度な地図を作成しました。 その中には、現在の私たちが見慣れている「北が上」の地図とは異なり、南を上にしたものも存在しました。
実際に、アメリカ議会図書館が紹介している1154年のアル=イドリースィーの世界地図は、 現代の地図とは逆に、南が上・北が下に描かれていたと説明されています。
つまり、南が上の地図は「間違った地図」ではありません。 その時代や地域の人々にとって、世界を理解しやすい向きで描かれていたのです。
中国では南が特別な方角と考えられていた
中国でも、南は重要な方角と考えられてきました。 たとえば、皇帝は南を向いて政治を行うという考え方があり、南は権威や秩序と結びついた方角でもありました。
日本語でも「天子南面す」という言葉があります。 これは、君主が南を向いて座り、臣下が北を向いて仕えるという考え方に由来します。 このように、方角には単なる位置情報だけでなく、文化的・政治的な意味が込められていました。
中世ヨーロッパでは東が上の地図もあった
中世ヨーロッパでは、東を上にした地図も見られました。 キリスト教世界では、東に特別な意味があると考えられることがあり、宗教的な世界観が地図の向きに影響したと考えられます。
英語の「orient」という言葉には、「東に向ける」「方向づける」という意味があります。 これは、地図を東向きにする考え方とも関係しています。 現在の地図とは違って、昔の地図は単なる道案内ではなく、宗教や世界観を表すものでもありました。
中世ヨーロッパの世界地図である「マッパ・ムンディ」は、現代の地図のように正確な距離や形を示すためだけのものではなく、 当時の宗教的・文化的な世界観を表すものでもありました。
なぜ現在は北が上の地図が多いのか
では、なぜ現在では北が上の地図が一般的になったのでしょうか。 大きな理由として、コンパスの普及、航海技術の発展、そしてヨーロッパで作られた地図の広がりが挙げられます。
コンパスが北を指すことが大きかった
地図で北が上になった理由の一つは、コンパスの存在です。 コンパスの針は北を指すため、地図上でも北を基準にすると方角を確認しやすくなります。
特に、陸上の移動や海上の航海では、方角を正確に知ることが重要でした。 そのため、コンパスが指す北を地図の上に置くことで、実用的で使いやすい地図になっていったと考えられます。
大航海時代に地図の実用性が重視された
15世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパでは大航海時代を迎えました。 遠くの大陸や島へ向かうためには、正確な地図と航海術が必要になります。
この時代、地図は単なる知識ではなく、船を安全に進めるための重要な道具でした。 そのため、方角を読み取りやすく、航路を考えやすい地図が重視されるようになりました。
メルカトル図法が航海に広く使われた
現代の世界地図にも大きな影響を与えたものに、メルカトル図法があります。 メルカトル図法は、航海で使いやすい地図として広まりました。
メルカトル図法は、1569年にゲラルドゥス・メルカトルによって発表された図法です。 この図法では、一定の方角で進む航路を直線として表しやすいという特徴があります。
そのため、船で長距離を移動する時代に便利な地図として活用されました。 ヨーロッパで発展した地図作りが世界に広まったことで、北を上にした地図も世界中で一般的になっていきました。
地図の向きが変わると、世界の見え方も変わる
普段見慣れている世界地図では、ヨーロッパや北アメリカ、ロシアなどが上の方にあります。 そのため、無意識のうちに「上にある地域は中心に近い」「下にある地域は遠い」という印象を持ってしまうことがあります。
しかし、南を上にした地図を見ると、オーストラリアや南アメリカ、アフリカ南部が上側に来ます。 すると、いつも見ている世界とはまったく違った印象になります。
これは、地図が単なる位置情報ではなく、私たちの世界観にも影響を与えていることを示しています。 地図の向きは自然に決まったものではなく、人間が目的や文化に合わせて決めてきたものなのです。
考えてみると面白い点:
もし学校で最初に習う世界地図が「南が上」だったら、私たちは今とは違う世界の見方をしていたかもしれません。
身近な地図アプリでも方角は変えられる
地図の向きは、昔の地図だけの話ではありません。 現在のスマホ地図アプリでも、地図の向きを変えることができます。
たとえば、通常の地図表示では北が上になっていることが多いですが、ナビを使うと進行方向が上になることがあります。 車や徒歩で移動するときは、自分が進んでいる方向を上にした方がわかりやすいからです。
つまり、現代でも地図の向きは目的によって変わります。 「北が上」は便利な基準の一つですが、絶対的なルールではないのです。
地図は世界の見方を映すもの
地図は、単に場所を示すための道具ではありません。 どの地域を中心に置くか、どの方角を上にするかによって、世界の印象は大きく変わります。
北が上の地図が広まった背景には、コンパスや航海術といった実用的な理由がありました。 一方で、南や東を上にした地図には、その地域の文化や宗教、政治的な価値観が反映されていました。
普段何気なく見ている地図にも、実は長い歴史と人々の考え方が隠されています。 そう考えると、地図を見るのが少し面白く感じられるのではないでしょうか。
よくある質問
まとめ
地図で北が上になったのは、地球に本当の上や下があるからではありません。 コンパスが北を指すこと、航海で地図を使いやすくする必要があったこと、そしてヨーロッパで作られた地図が世界に広まったことが大きな理由です。
一方で、昔の地図には南や東を上にしたものもありました。 それらの地図には、当時の文化・宗教・政治・世界観が反映されています。
つまり地図は、単なる道案内ではなく、その時代の人々が世界をどう見ていたかを表すものでもあります。 いつもの地図を少し違う向きで見てみると、世界の見え方も変わってくるかもしれません。
参考情報・出典
この記事では、地図の向きや歴史について、以下の資料を参考にしています。
-
Library of Congress「The Islamic World Map of 1154」
12世紀の地理学者アル=イドリースィーによる世界地図について紹介している資料です。 現代の地図とは逆に、南が上・北が下に描かれていたことが説明されています。 -
Encyclopaedia Britannica「Mercator projection」
メルカトル図法が1569年にゲラルドゥス・メルカトルによって発表されたことや、 航海用の地図として使いやすかった理由について解説されています。 -
Encyclopaedia Britannica「Rhumb line」
メルカトル図法では等角航路が直線として表されることについて説明されています。 航海と地図の関係を補足する資料として参考にできます。 -
University of St. Thomas Libraries「Enjoy Maps? Learn About the Mappa Mundi」
中世ヨーロッパの世界地図「マッパ・ムンディ」が、 単なる実用地図ではなく、宗教的・文化的な世界観を表すものだったことを説明しています。 -
英辞郎 on the WEB「orient」
orient という英単語に「東向きにする」「方向を合わせる」といった意味があることを確認できます。


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